はじめに
「お盆休み明けに退職の相談を受けた」「ゴールデンウィーク明けに突然の辞表」──人事や管理職なら、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。長期休暇は本来、従業員がリフレッシュしてパフォーマンスを高めるための大切な時間です。しかし、現実には休暇中に会社への不満や転職への意欲が高まり、復帰後に離職へとつながるケースも少なくありません。

本記事では、長期休暇が離職の引き金になる構造を踏まえ、人事部が主導して管理職・現場リーダーに浸透させるべき「休暇前ピープルマネジメント」の考え方と実践方法をご紹介します。データや研究結果も交えながら、明日から実践できるポイントを解説します。
長期休暇と離職リスクの関係
離職は組織にとって大きなコストです。Gallup社の調査によれば、自発的な離職の42%はマネジメントの働きかけで防止可能とされています※1。また、離職に伴うコストは年収の30〜200%に達するとも言われ、中には213%という試算もあります※2。採用費や引き継ぎ負担、チームの士気低下など、数字以上のダメージがあるのが実情です。
チームにとっては戦力補給と再教育が必要となる問題ですが、会社からすると大きな損失になります。
長期休暇は、この離職リスクが高まるタイミングのひとつです。休暇中に時間的余裕が生まれると、人は自分のキャリアや職場環境について冷静に考えやすくなります。特に現職に不満を抱えていた場合、転職サイトを見たり、知人に相談したりと行動が活発化します。結果として、復帰直後に退職の意思が固まるケースが出てくるのです。
休暇中に離職を考えてしまう心理的メカニズム
長期休暇は日常の業務や人間関係から距離を置く貴重な時間です。この間に発生する「心理的デタッチメント(心理的切り離し)」は、ストレス回復には効果的ですが、同時に職場への感情的つながりを一時的に弱める作用もあります。
特に以下の条件がそろうと、離職リスクが高まります。
- 日頃から不満や疲弊感が蓄積している
- 休暇中に他社やフリーランスの生活スタイルを知る
- 家族や友人から「もっと自分らしく働ける道もある」と助言を受ける
- 転職エージェントから面談のリクエストを受ける
このような心理的プロセスを理解すれば、「休暇前後の関わり」を戦略的に設計する必要性が見えてきます。
社内での休暇前の関わり方がカギを握る
重要なのは、休暇そのものをコントロールすることではなく、その前後のマネジメントです。これを我々は『休暇前ピープルマネジメント』と呼んでいます。休暇前にポジティブな感情を醸成できれば、休暇中に会社に対する肯定的な思考が強まり、結果的に退職抑止につながります。
ここで参考になるのが、フロリダ・アトランティック大学などの研究です。有給休暇制度(PTO)の提供は従業員の退職可能性を約35%削減する効果があるとされます※3。しかし、この効果は単に制度があるだけでなく、「安心して休める」という心理的安全性が伴ってこそ最大化します。つまり、マネージャーやリーダーが休暇前にどう接するかが、制度以上に重要なのです。

休暇前ピープルマネジメントの具体策
ポジティブな声かけを徹底する
休暇前に「迷惑かけないように」ではなく、「安心して休んで」「楽しんできて」という言葉をかけることが大切です。こうした言葉は、従業員に「自分は信頼されている」「大切にされている」という感覚を与えます。
納期やタスクの整理を支援する
もちろん業務の納期や引き継ぎは必要ですが、直前に負荷を詰め込みすぎると、休暇中も仕事のことが頭から離れません。余裕を持ったスケジューリングや、他メンバーによるカバー体制の構築が有効です。
休暇中の「完全オフ」を促す
「何かあったら連絡して」ではなく、「連絡は不要」「後は任せて」というメッセージを伝えることが、真のリフレッシュにつながります。これにより、休暇から戻った時に「また頑張ろう」という意欲が湧きやすくなります。
休暇中に社用ケータイが鳴らないということだけでも退職を防ぐことに繋がります。
復帰後の再接続を設計する
復帰初日に状況報告や雑談の場を設け、チームにスムーズに戻れるようにします。このとき、休暇中の出来事にも関心を示すと、個人として大切にされている感覚が強まります。
休暇中のお土産をもらった場合は、時間を使って休暇の話を聞くようにしましょう。
実践チェックリスト(人事→管理職→現場リーダー用)
- 休暇前1週間以内にポジティブな声かけを行ったか
- 休暇前にタスクと納期の整理を支援したか
- カバー体制を明確化し、本人に安心感を与えたか
- 「連絡不要」の方針を伝えたか
このチェックリストを使えば、会社として休暇前後の対応を標準化でき、人事部が施策を推進しやすくなります。
会社全体で仕組み化する重要性
休暇前後のマネジメントは、一部の上司や部署だけが実践しても効果は限定的です。会社として共通ルール化し、人事部が推進役となることで、全社員に一貫したメッセージが届きます。
また、この仕組みは長期休暇に限らず、育休・産休、介護休暇、短期療養など多様な離脱シーンにも応用可能です。こうした文化が根付くと、社員は「会社が自分の生活や健康を尊重してくれる」という安心感を持ち、長期的なエンゲージメント向上にもつながります。
引き継ぎとの関連性
長期休暇前の業務整理は、単なる退職防止だけでなく、引き継ぎ文化の醸成にもつながります。引き継ぎの質が高まれば、誰かが休暇を取っても業務が止まらない「強い組織」になり、結果として従業員の働きやすさと定着率が向上します。
Hikitsugi Assistのようなツールを活用すれば、日常的に引き継ぎ情報を蓄積でき、休暇前後の業務整理がスムーズになります。これにより、従業員は安心して休暇を取得できるだけでなく、復帰後の業務再開もスムーズになります。
まとめ
- 長期休暇は離職リスクが高まるタイミングである
- 休暇前のポジティブな関わりが、休暇中の会社への肯定的思考を促し、退職防止につながる
- 制度だけでなく、マネジメントによる心理的安全性の提供が重要
- チェックリストや引き継ぎ文化の浸透で施策を定着させることができる
- 仕組み化すれば休暇前マネジメントは離職防止の強力な武器になる
転職時代において、長期休暇は「リスク」ではなく「関係性を強化するチャンス」です。人事部が旗振り役となり、管理職から現場リーダーまで共通認識を持つことで、従業員の定着率とエンゲージメントを同時に高めることができます。
出典一覧
【※1】Gallup. “Most Employee Turnover Is Preventable.” https://www.gallup.com/workplace/646538/employee-turnover-preventable-often-ignored.aspx
【※2】PeopleKeep. “Employee Retention: The Real Cost of Losing an Employee.” https://www.peoplekeep.com/blog/employee-retention-the-real-cost-of-losing-an-employee
【※3】Florida Atlantic University. “Paid Time Off Can Reduce Employee Turnover by 35%.” https://www.fau.edu/newsdesk/articles/pto-employee-turnover-study
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